自己紹介

自己紹介

はじめまして、ツナ(@highjumpbaka)です。

2013年から走高跳を中心にマスターズ陸上に挑戦している、四十路のハイジャンパーです。

陸上競技は中学1年生の時に、走高跳は中学2年生の時から始め、現在、43歳。

私の人生において、陸上競技から学んだことは数知れず、陸上競技が、走高跳が何より好きで好きでたまりません。

高校時代、インターハイに出場できなかったことが悔しく、その後も全国の舞台に立つことはできず、その悔しさがいくつになっても頭から離れませんでした。

その心残りを晴らすべく、マスターズ陸上に挑戦することにしたのが2013年。

今年で7年目に入りました。

この挑戦を何かに残したい、そう考え、このブログを始めることにしました。

マスターズ陸上に挑戦中の方、陸上競技に携わっている方、現役の選手、陸上競技に興味を持っている方、様々な方と繋がりを持てると幸いです。

中学校時代

両親が高校まで陸上競技をしていたことがきっかけで、中学校では陸上競技部に入部すると決めていました。

中学1年の時には、特別、短距離が速いわけでもなく、これといった特徴がありませんでした。

初めて出場した記録会は、1年生全員が100mを走るのが決まり。

結果は、13″8。

県大会には0.1秒届かず、4人目として何とかリレーメンバーに選ばれる程度でした。

入学して秋の1年生大会には、当時の顧問の先生に、100mハードルに出場するように言われ、イヤイヤながらハードル練習をしていました。

初めて出場した大会は、100mH。

結果は、予選落ち。

インターバルを3歩で走れなかった記憶だけが残っています。

中学2年になると、出場できる種目がないという理由で、三種競技A(100m・砲丸投・走高跳)に出場することになりました。

これが、私の走高跳との出会いです。

三種競技Aの中で、人並みかややまともな記録だったのが走高跳だったことから、その後は走高跳を専門とすることにしました。

中学3年の時には、三種競技Aで県大会2位になり、中国大会に出場できました。

高校時代

東京オリンピックに出場した先生に誘っていただいて、地元の高校に入学しました。

当時、母校は県内でも強豪校として知られていたこともあり、1年の春は試合には出場できませんでした。

2年の時には、県総体3位となり中国総体に出場しました。

高校入学前の記録会で初めて走幅跳に挑戦したのですが、その時に足首を痛め、結果的には3年間、足首の痛みに悩まされることになりました。

3年の時は、県ランキング1位で臨んだ県総体で敗退し、インターハイどころか中国総体にも出場できませんでした。

高校時代には、100m・200m・110mH・走幅跳・走高跳・三段跳・八種競技と様々な種もに挑戦して、良い経験にはなりました。

大学時代

体育大学に進学したかったのですが、受験に失敗し、地元の新設大学へ入学しました。

練習環境が整っていなかったこともあって、様々な苦労をしましたが、3年の時にようやく2m00を越えることができました。

結局、これが生涯ベスト記録です。

この程度の記録では、日本インカレにも当然出場できませんでした。

最も大きな大会といえば、4年の時に出場した西日本インカレです。

そのほかには、高校3年から5年連続で中国五県陸上に出場できたくらいでした。

専門学校時代①

トレーナーになる夢を諦めきれず、大学卒業後には就職をしませんでした。

1年間のフリーター生活の後、スポーツの専門学校に入学。

そこでも陸上競技部に入部しました。

振り返ると、トレーニング理論などを学びながらの競技生活は最も充実していたと思います。

1年間でしたが、1m98がベスト記録。

1m95以上の跳躍を安定してできた、人生で最も安定した1年間でした。

専門学校時代②

その後、様々なことがあり、2年間のブランク期間へ。

それから夜間の専門学校に入学して、競技に復帰しました。

主な練習は筋トレだけでしたが、3年間、1m90を記録。

その後、今度は7年間のブランク期間に入りました。

マスターズ陸上デビュー

7年間のブランク期間を経て、マスターズ陸上にデビューしました。

ABOUT ME
ツナ
ツナ
走高跳を中心にマスターズ陸上に挑戦中 立五段跳、走幅跳、60Mにも時々出場